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改めて、ここは出石城跡の城下町です。

出石永楽館は明治34年開館された芝居小屋では歌舞伎、寄席が上演され
但馬の大衆文化が栄えました。

時代は芝居から映画全盛期へと移ります。

昭和30年代
今、蕎麦を食べて出てきたばかりの<入佐屋>の建物は嘗て繁栄を遂げた映画館でした、

その後、テレビの普及や娯楽の多様化で
永楽館、後に映画館が閉館に追いやられました。

40年もの時の経過は、往時の永楽館を懐かしむ市民の声で
平成20年復元され歌舞伎は勿論、様々な文化活動の場として
愛され支えられています。

花道、奈落、切穴
廻り舞台、セリ、囃子場、太夫座、楽屋、桝席 桟敷席など見どころ一杯です。

太夫座に残された当時の落書き

2階化粧室

地下、奈落の廻り舞台の装置と迫上り


姫路城に寄る予定でしたが
ニャニャ子待つ我が家に急ぐ1台の車が姫路西ICを猛スピードで走りすぎます。

岡山で金環日食を見逃したのですが、18年後北海道で見れるようです。
それまでお互い長生きしようと約束しました。
旅先でこんな可愛い光景に出会っちゃいました(*^。^*)



出石そばを求めて、そば街道にやってきました。

時を知らせる辰鼓楼の大手前通りから縦横何本かの通りがあります。
その町並みには50店舗以上の蕎麦屋が暖簾を揚げています。

沢山の中から美味しい店を選び出すのは至難の業?・・・・・

・・・・思いきや

<ゆとうや>から<入佐屋>を紹介されていました。
出石皿そば5皿で1人前ですが
ゆとうやさんで貰った名刺を見せると、2皿サービスしてくれました。
薬味が数種類ついてきます。
食べ方を尋ねて、まず一箸啜ります。

夫は十割蕎麦セット

<蕎麦くず餅>の滑らかさ、口当たりのいい事。
持ち帰り用があるか尋ねてみました。

蔵を模した建物  出石「びっ蔵」

目覚めてすぐ空を見上げます。
晴れ~~!

21日本州で金環日食を観察できるのは125年ぶり
旅館予約を入れる5月初旬はそんな事など頭から抜けています。

バカな二人は選りに選って何故この日などに

岡山にいるならば移動せずして天体ショーで沸いている頃
こちら日本海側の豊岡ではごく僅か部分日食しか見られません。

きれいさっぱり諦め、旅館の温泉に入り純和風の朝食を取り
朝の散歩に駅前通りを歩きながら、山陰本線 城崎温泉駅にやってきました。

来た道を引き返す頃
リヤカーに野菜や魚を積んだ行商のおばちゃんとすれ違います。


チェックアウトをして
玄武洞へ向かいます。

石段を上り切ると
ボランティアの方が案内しましょうかと声をかけてくれました。

撮りたいとき撮る、追いかけたいとき追いかける瞬間を逃がしたくない気ままな写真旅行
いつもお願いしないのですが説明をお願いしてしまいました。

一緒に歩き出すとクロアゲハがツツジに止まっているのが見えました。

そっと追いかけて近寄るわけにもいきません。

目でアゲハを追いながら、説明は耳を傾けてはいるものの
そんな時二刀流の達人にはなれない年齢の私、頭は空っぽでした。

記憶に残っているのは
「正面の白い泡状の物はカエルの卵です」

なのでこちらをご覧ください(笑う)

玄武洞から見る下の景色です。


旅館「ゆとうや」には2時すぎに着きました。
門には西村六左衛門との名
(この名で夕食時に歴史を聞くきっかけとなります)

まずは温泉街を通り抜け城崎ロープウェイ乗り場に向かいます。

大師山山頂から温泉街を一望します。

1300年の歴史をもつ温泉は多くの文人墨客に愛されてきました。

城崎温泉は趣向をこらした7つの大浴場の外湯巡りが基本の温泉街です。
その為、ホテルや旅館のお風呂は大きさが決められているようです。

城崎では浴衣を着て下駄を履いて、湯めぐりをしてくださいと見送られました。
さて下駄の音をカラコロさせながら、夕食前までに何か所巡れることやら・・・・

「ゆとうや」の直ぐ前
「海内一」(=日本一)の一の湯へ

多くを巡ってもらう為なのかちょっと熱めの湯

大谿川に沿って、カラコロ駒下駄を鳴らしながら2番目は美人の湯「御所の湯」へ

二人出る時間を合わせ3番目一生一願「まんだら湯」へ
夕食前に湯で酔ってしまいました。

油筒屋(ゆとうや)の歴史は
江戸時代北前船が出入りしていた頃、油で財を築きました。

その後、料理旅館として藩主のお宿になりました。

夜の温泉街をそぞろ歩きます。

京阪神からのアクセスがいいので温泉客が多いです。

美人の湯「御所の湯」

懐かしさが後押しして

「出てる出てる写して」の声に慌てて撮ります。

外国人女性がグラスを傾けています。
ここは小さなスタンドバーのようです。

大谿川に架かる橋梁と柳が情緒を醸し出しています。

また行きたい温泉地になりました。


赤ちゃんをカゴ入れて運んでくるコウノトリ
国の特別天然記念物であるコウノトリ
兵庫県の県鳥コウノトリ
故郷、児島とも深い縁があるとmさんから教えてもらったコウノトリ
目の周囲に赤いアイリングが特徴のコウノトリ


コウノトリが野生で生きていくためには
ドジョウやカエル等が生息できる田んぼや河川が必要です。


農薬などの使用により自然環境は崩れ
昭和46年に日本最後の野生コウノトリはここ豊岡盆地で絶滅しました。

但馬地域で環境づくりに取りくみ
この日も「田んぼの学校」を開き、網で生き物を捕る遊びに興じていました。
バケツの中には川エビが十数匹、沢山の足を動かしています。
私が子供のころ体が透き通た川エビが沢山いましたが、最近はめっきり見かけません。


平成17年からは放鳥が開始され、その後野生下でヒナが誕生しました。

飼育、保護されているコウノトリは、野外の環境に慣れるための訓練を経て放鳥されます。



カスタネットを打ち鳴らすような音を出して愛の告白です。


人口巣塔が点在して設置されています。

場所を移動して
ここ「ハチゴロウ戸島湿地」では野生下でヒナが二羽確認されています。
そろそろ巣立ちの時期を迎えていました。
兵庫県朝来市
国道312号から見上げた標高353.7メートル虎臥山の山頂

山城跡があります。

登山道には白い大きな花を咲かせているタイサンボクが多く見られます。

今の季節
山には様々な花を楽しみながら
坂道を後押しされるようにやっとここまで登ってきました。

ヒラヒラ誘うようにカラスアゲハが2頭ほど飛び回っているのが見えます。
蝶の好きな花がここら辺りにきっとある
そんな楽しみを持って再び力を振り絞り、登って行くと、ヒメウツギが咲いています。

たった今、走ってきた播但連絡道路・虎臥城大橋が美しいアーチを描いています。


円山川と竹田の街並み

城下町竹田の町並み

高所恐怖症の私、一息ついて足元に目をやると
可愛い花が天空に吹かれています。

現在はベンチで一服と言いたいところですが
戦国時代は大手門に面しているためここは防衛の要でした。

南千畳

南千畳と北千畳を双翼として南北400m






北千畳


本丸石垣

誕生祝いは2日遅れでありながらも、小さな二等辺三角形のケーキ(>_<)格上げもなく
今年こそはサプライズをと考えるだけで行動するでもなく
相変らず手作り弁当で昼食を囲みます。

16日とたてつづけに食べたケーキの後はエネルギー消費を怠ると
先で泣く羽目になってしまいます。

鷲羽山駅から風の道を下津井駅向かって歩いています。

可愛く懐かしい雑草に目を向けながらも、ひたすら早足
イチゴショートケーキ1個分約300kcal燃焼が今日の目的

5月の風に揺れる草花

光と陰

青い空

旧下津井駅に到着しました。


昔の丸亀行きフェリー乗り場

海岸線沿いを逸れ民家が寄り添うように建つ
細い坂道を上って行くと、廃屋が目立ちます。
振り返ると眼下に海

人の気配が消えたころ、その場の雰囲気を明るく変える野良仔犬が5匹

1匹は急な訪問者に驚いて逃げ去り、何処かに息をひそめているようです。

4匹は見つけた空き地で散り散りになり、何処へ隠れようかとウロウロしています。
それを制するように根限りの美声で「カワイイネ、怖くないよ」と話かけながらパチリ
今日の収穫なり!(*^。^*)

近頃の私は肝心なところでミスってしまう。
15日就寝時あっ!しまった―。

明日一番にする事、母へ誕生日のおめでとう電話を忘れない事
と繰り返しながら眠りにつくこととなりました。

5月生れの母は損
母の日プレゼントの出費で誕生祝いは円形のケーキは倹約
毎年二等辺三角形のケーキで我慢してもらっています(内々事情 汗)

それなのに今年は、既に当日予定を組み入れてしまった後に我に返ったのです。

16日が近づくにつれ常に頭の片隅に置いていた私だったのに
肝心なところで頭から飛んでしまったのです。

それは年1度、恒例の「秘密の花園」へお誘いを受けていたのです。

今朝電話に出たのは兄
兄「やっぱりkeikoと思った」
私「えっ!どうして私と分かったん」
兄「誕生日じゃろー」
私「そうそう」

母には「近いうちに行くからまっといてーなー」と謝って秘密の花園へ

日ごと山々の新緑は濃くなるにつれ、グラデーションが美しく

田畑には緑が増し、日本の風景に鮮やかさが加えられる季節

田んぼには水がはられ周りの景色を映しこむ田植え前



美咲町「日本の棚田100選」大垪和西棚田の田植えが始まるとTV情報で知り立ち寄ります。

まさに始まったばかり

腰を曲げ苗代から稲をミニバンに積み込む働く姿が見られます。

こんな棚田にも代かき用のトラクターが入り、田植えを始める準備です。

先祖から受け継がれてきた山間の田んぼは
過疎化・高齢化と共に耕作放棄が目立ちましたが
ボランティア活動などで少しずつ風景を取り戻しているようにみかけました。

 ↓ 気配りと助け合いの精神はこんな所にも見られ頭が下がります。

すり鉢状の一番下に公衆トイレがあります。
トイレから出てきた野良着のお年寄り「時々汚れているから」と手を休め見回ってくれた様子

私「そうですね、お世話になります」と一礼をして使わせてもらいました。

田んぼの周り田植え時期に合わせたように咲く花々も
写真を写す側の私達に向けた思いやりの様な一場面でした。

精いっぱい美しく撮ります。

あの時の素敵な方、ありがとうございました。

母の日の贈り物は毎年娘の知人を通して「郵便局母の日ギフト」から送ります。
それはいつも母の日当日に送られてきません。
今年は10日(木曜日)に花束が届いたと母から電話がありました。
母「あれはなんと言う花かな~」
私「母の日だからカーネーションを贈る日」毎度ながら説明します。



そして
娘からは次の日11日郵便局からの不在票が入っていました。
再配達で届いたのはミニケイトウ
最近はカーネーションに限らずバラなどに人気があるようですが
何故ケイトウと頭を傾げていると・・・・・「お母さんの名前は」と聞くので
即座に「ケイコ」と答えます。
「なるほどケイトウにも意味が込められているのか~」とやけに感心しました。(笑う)
そんな日曜日娘は休日出勤です。

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